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言語についての誤解 [語学]

友人のFBにこんな投稿があった。

フランスで差別をなくすために父親、母親の表現をやめて、親1、親2とすることになったらしい。

それに対して、語の男性、女性をなくせばいいと。

自然性がある単語に対して男性、女性があるのは偶々で、実際の性別とは基本的には関係ない問題です。

ある意味、言葉狩りに似ています。その単語をなくせば、偏見がなくなるわけではないのです。

また、「英語をのぞくヨーロッパ系の言語には男性名詞や女性名詞があって複雑なので、面倒だからビジネスに向いていない。英語はビジネスに向いていて、フランス語は文学に向いている。」とも。

言語に向き不向きはありません。
これまでビジネスに使われてこなかったか、世界的に流布している文学作品がないだけです。

大学の言語学で最初のころに学びました。
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遠州弁ー形容詞篇 [語学]

さて続いては形容詞。

ぶしょったい ー 無精から来ているのだろうが、「こざっぱりしていない」ほどの意味
ひずるしい ーまぶしい
こぐさらぼったい ーうーん、表現できない(笑)
ゆるせくない ー わたしは使ったことがなく、わかりません(汗)
気ぜわしない ー せわしくしている人に対して感じる落ち着かない感じ

名詞に続いてあまり出てこないなぁ。
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カトリック由来の地名2題 [語学]

今日は会社のミーティングでなるほどというネタが少なからずあった。

最初は、rapport (ラポール)、日本語になりにくいが、共感を持って接するようなニュアンス。
フランス語起源だが英語でもよく使うらしい。

それで思い出したのは merkmal (メルクマール)、こちらはドイツ語、客観的指標のようなイメージ。
しかし、ドイツ語ならメルクマルで最初にアクセントが来る気がする。

さらに、顧客名に Ascension がはいっている会社があり、パラグアイのアスンシオンの話題になった。
Human Resource 系の企業のようで、上昇といういいイメージがあるから使っているのではないかという話。パラグアイのアスンシオンと同じ意味かなという流れ。

調べるとやはり、アスンシオンは「聖母被昇天」に由来するようだ。
それで思いついたのはコンセプシオン、地震で名前が多少知られたチリの都市。こちらは「無原罪の御宿り」、スペインの影響でカトリックが広まった南米らしい地名である。

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遠州弁ー名詞篇 [語学]

さっと思い出すのは、こんな感じ。

あごつ  - かかと
おえ   - 居間
ごんど  - ごみ
おっしー - 味噌汁
あんもー - 餅(あんこ餅とはかぎらない)
しょうな - 小路(家と家の間のごく細い道)
きんりー - 干し芋

うーん、いざ考えると意外に思いつかない。
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遠州弁 [語学]

私の出身は静岡県の西部、現浜松市である。
現と書いたのは生まれてから上京するまでは浜名郡だったからで、世に言う平成の大合併で浜松市西区となった。

政令指定都市になっても、元々人口2万人程度の漁師町でたまに帰省してもその実感は全くない。
今はさらに減って1万5千人ほどか。浜名湖のほとりで漁業関係の従事者が多い町である。

特に珍しい言い回しもなく、大学入学で上京しても、あまり方言で恥ずかしい思いをすることはなかった。

唯一アクセントが関東関西の境目に位置するせいか、たまに怪しいどっちつかずの単語がある。

方言学的には糸魚川浜名湖線と呼ばれ、福井の方ではアクセントのない平べったい方言になるらしいが、こちら側はものによって関東風だったり、関西風だったりする。まさにどっちつかずだ。

あまり目立つ語彙も語尾もないが、実は静岡県なので、「ずら」文化圏である。

さすがにジョージ秋山の「銭ゲバ」(若い方は知らないだろう)のように「何とかずら」とは言わず、西部地方では「だら」か単に「ら」を残すのみとなる。

これは男女問わず使われ、同郷(しかも同じ高校)の女性はバイト先の塾の授業中に「そんなことないらー」と言って赤面したことがあるそうな。

他には「意志」をあらわす「ず」という言い回しがあって、「わしん行かずに」というと「わたしが行ってあげましょう」の意味となる。

先ほど関東と関西の分け目にあたると書いたが、元は同じ浜名郡でも浜名湖の反対側、つまり西側の町では言葉ががらっと変わる。

自分も還暦に近くなり、記憶力も衰えてきたので、遠州弁について書いていくことにしよう。


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have, habit, avoir, haber [語学]

言語学者になる宣言して、またかなり経ってしまった。

日常に追われてまったく光も見えない状態だが、語学への興味はつのるばかり。

そんな中、ちょっとびっくりしたことがあった。

英語の "have" はご存知の通り、「持つ」が第一義。
ドイツ語では "haben" でフランス語だと "avoir" スペイン語だと "tener" になってしまうがイタリア語では”avere"
似ていると思ってしまうじゃないですか。

スペイン語には別に "haber" もあり、これは間違いなく同根の語だと疑いもなく思っていた。

ところが、ゲルマン語の「持つ」はラテン語では "capio" にあたり、英語だと capture につながる。

一方、ラテン語には "habeo" があり、こっちが "avoir", "avere", "haber" になるが、英語では "habit" になる。

大学の時は古典語は軽視していたんだよなぁ。

印欧祖語だと *keh₂p- と *kh₂pyé-, *kh₂pi- なんだそうで。

自分は日本人だから、印欧語族の研究はお門違いかもしれないが、日本語ではこうは行かない。

現存する近縁の言語がないから。

やっぱり、残りの人生かけてもいいなぁ。

deer と Tier [語学]

ちょっと忙しくて、また書いていなかったので、言語関連の小ネタでお茶を濁そう(笑)。

今は「鹿」を意味する deer その昔14世紀ころまでは「動物」という意味だったそうな。

ドイツ語に残る Tier は同じ語源とのこと。

なるほどー。

大瀑布とハウステンボス [語学]

ずいぶん間が空いてしまった。

書くことがなかったわけでも、殺人的に忙しかったわけでもないのだが、自分にちょっとしたことが起こり余裕がなかった。

実は白内障になり、手術を受けることになったのである。

気がつけば半世紀以上生きてきたが、手術入院は2回目。

1回目はまだ小学校4年の時、扁桃腺切除だった。

ちょうど近視になったのもその頃で、前の年には両目とも1.5だったものが、突然0.15に落ちた。

それ以来、眼鏡やコンタクトの生活になったが、矯正はしていたので、それほど不自由でもなかったのだが、今回はいよいよ手術である。

ここのところ、右目が夕方になると霞み、視力もますます落ちたが仕事柄の眼精疲労だくらいに思っていた。

しかし、所属しているオーケストラの練習で、急に譜面が見えなくなり、演奏に支障をきたすため、眼鏡の調整がてら付属の眼科医院に行ったところ、両目とも白内障と言われ手術が必要となったのである。

これには参った。しかし、ほっといて済むものではないので、さいたま赤十字の眼科に紹介状を持って受診しに行くと、さいわい両目ではなく右目のみの白内障と診断される。しかし、反対もならないとは言えないし、何より「ど」近眼なので、左右の視力のつり合いを取るために両目の手術を勧められた。

説明を聞くだに恐ろしいが、眼鏡を作れない状態のため、両目の手術を決意。ずいぶん白内障の患者は多いらしく、年明けの手術となった。

会社への休暇願を書こうとして、ふと英語で白内障って何というのだろうと気になる。

外資ではあるが、英語で休暇願を書く必要はないのだが、一応調べてみると、"cataract" というそうだ。

見覚えのある単語である。

おお、これは大瀑布ではないか。

滝壺に流れ落ちる水しぶきで白く煙る様子が白内障の霞がかかった感じと同じという語源らしい。

英語の病名はギリシャ語などが多く、難しい単語になることが多いが、「大滝」とはなかなかしゃれた名前をつけたものだ。

さて、仕事上、外人の名前を聞くことがよくある。

語学マニアのため、かなりの名前がどこの国の姓名か判別がつく。

今回は、知り合いが外人とのやり取りで意味がうまく取れないと言っていたので、翻訳のヘルプをしたのだが、少し相手の英語にくせがあるので、何人かなと思って、名前を聞いたところ、聞きなれない姓名だったという話。

名前をきいてみると姓と名の間に「テン」というミドルネームとも言えないものがはさまっている。

とりあえずわからないことは Google 先生に訊こうと思い、検索すると「テン」はオランダ人の姓に現れることがわかった。「ファン」は有名だが、他にもいろいろあるようだ。

「テン」の解説を見ていくと、「ハウス・テン・ボス」の「テン」が同じものだとのこと。

「森の(近くの)家」が原義で Huis ten Bosch という綴りである。

ten は te + den で te はドイツ語だと zu にあたる。

イタリア語やフランス語では前置詞と冠詞の縮約が多いが、オランダ語にもあるとは知らなかった。

ただ、この ten は古い言い回しで現在では決まった表現でしか用いられないそうだ。

オランダ語は大学時代に少しやったことがあるが、英語とドイツ語の中間にあるような言語で新味があまりないのですぐにやめてしまった。

今だったら、比較言語学の対象として大いに興味が持てるのだが、きちんとやってみないとわからないものである。

(この項、11/1 に書き始め、11/18 に書き終える)

「コンディション」は仕上げられません [語学]

語学が専門なので、どうしてもテレビのナレーションやニュースの音声には厳しくなる。

先日も某公共放送のスポーツニュースでこんなコメントがあった。

「コンディションを仕上げてほしいですね。」

ちょっと待った。

コンディションは仕上げられない。

コンディションには「いい」状態と「悪い」状態がある。

コメンテーターの意図をくむなら、正しい言い方はこうだ。

「いいコンディションに仕上げてほしいですね。」

「コンディション」は「整える」か「上げる」ものである。

もちろんコンディションがチャンスのように日本語に取りいれられたなら話は別である。

「チャンス」は好機という意味になって日本語にはいっているが、本来は単なる「機会」で、いい場合も悪い場合もある。

好機に限定するなら、オポチュニティだ。

今年度の Euro24 [語学]

シーズンの初めなので、Euro24 を全言語見てみた。

これまでと変わらず、イタリア語が一番レベルが低く、フランス語が一番高い。

それは、キーフレーズを見ればすぐわかる。

(伊)Ecco il duomo.
(独)Ich heisse Franzisca.
(仏)Je suis ravie de vous rencontrer.
(西)Es una miravilla!

イタリア語は文でさえない(汗)。

フランス語は発音するだけで一苦労。

これを初回にやるのはかなり冒険。

フランス語では r, スペイン語では ll という特徴的な発音に時間を割いていた。

初回は、be 動詞というお約束はすでになく、24回である程度系統的に見て行こうという気すらない(笑)。

スペイン語だけは、ser 動詞の活用を一通り、生徒に(なかばスパルタで)覚えさせていたが、
基本的には一回にひとつかふたつ文章が覚えられればいいだろうというノリ。

文法よりも基本は特定の都市や地域の紹介で、イタリアはアマルフィのあるカンパーニャ州とプーリア州、
ドイツはドレスデンとライプツィヒのあるザクセン州、フランスはリヨンで、スペインはアンダルシアだった。

シリーズ毎に違う地域を取り上げるので、何年か見ていれば、おおよそその国のイメージはつかめるか。

驚くのは、この程度でも半年後には、生徒にそれなりの(もちろん決められたシチュエーションだが)会話ができるようになっていることだ。

一週間やそこらの旅行で使った気になるにはそれで充分ということだろう。

わたしが見はじめた40年近く前には、一年間とは言え、英語の仮定法にあたる表現までやっていたのだが。

Euro24 の生徒は最初は女性ばかりだったと思うが、今期は男性が3人。それもヒーローから朝ドラという流れの生徒が2人。

やはり視聴者は若い女性が多いんだろうなぁ。

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